Vol. 7 伝説の社長紹介番組と2代目(後編)

Guest:宮尾すすむさんのご子息でタレントの 山口雅史さん

130328_03.jpg 山口:
大崎社長は、幼少のころからお父様の会社を継ぐつもりでいらしたのですか?

大崎:
いえいえ、小さな頃は父が何をしているのかさえよく分かりませんでした。昼ぐらいに起きて何かを削っている。今考えたらあれは靴の木型だったのでしょうね。それに、父も「いきなり会社を継がせたりはしない」と公言していましたから、私は小学校の教師になることを夢見て大学も教育学科を選びました。

山口:
では、一旦先生になられてから会社を継がれたということですか。

大崎:
ところが違うんです。いよいよ大学を卒業するという頃になって、父から流通関係に進むように進言があった。私としては、何のためにこの学科を選んだのかと言う気持ちも強かったので、ずいぶんと葛藤はありましたが最終的には教職は諦めて、とあるデパートへと就職することになったんです。

山口:
お父様のおっしゃる『いきなり継がせない』というのは、そういうことだったのですね。

大崎:
まあ、人とお話しすることは大好きだったので接客のお仕事も遣り甲斐はありました。「社会人っていうのは面白いんだなぁ」と感じたのはこの頃です。

山口:
配属先は、婦人靴の担当だったのですか?

130328_01.jpg 大崎:
いえいえ、初仕事は『有料の紙袋の販売の係り』ですよ(笑)。地下の段ボールの整理なんていうのもしましたね。ハンドバックやお財布の売り場。英語を使っての海外の方への対応なんていうのもありました。デパートの一兵卒として働いた、この頃は学ぶことは多かったです。

山口:
どれぐらいデパートには、いらしたんですか?

大崎:
5年4か月です。本当は辞めたくなかったんですけれど、私が28歳の時に、父が大阪での事業を拡大するということで「そろそろ潔を呼ぼう」ということになった。

山口:
お父様に先見の明があったんですね。デパートでの働きぶりなどから『商売に向いている』と感じられたのではないでしょうか。

大崎:
どうなんでしょうね。ただ、学生の頃は、父と一緒に仕事というのは全く考えなかったですけどねぇ。

山口:
さて、お父様が社長。幼少のころからの知り合いの方が上司だったりしたわけですよね。やりにくくなかったですか。

大崎:
入社直後に幹部の人が集まるところで自己紹介をしたのですが、もの凄く緊張しましたよ。その時に出された食事は全く味がしないぐらい、これまで味わったことのないような緊張でしたね。
「不束者ではございますが宜しくお願いします」という結びの挨拶の後、大きな拍手が起きたのは覚えていますが、本当に霧のかかったような情景でした。

山口:
実際に会社の中に入られてみてお父様は、どんな社長様だったのですか?

大崎:
子供の頃には、仕事に関しては何も言わなかったです。『やさしくて、気前のいいお父さん』という感じでした。ところが、社長としては威厳がありましたね。父が右と言ったら右、左と言ったら左でしたから。

山口:
カリスマ的な力強いリーダーシップで、ここまで会社を大きくなさった方ですからね。そのお父様から会社を引き継ぐのは大変だったのではないですか?

大崎:
課長代理からスタートし、人事、総務、そして専務時代が長かったこともあって、実務は一通り経験していましたから、意外とそういう面での大変さは無かったですね。父も自分の子供に継がせるわけですから、何かあったらいつでも言えるぐらいの気持ちだったのでしょう。

山口:
社長になられてから数年が経過なさったわけですが、この間に『大崎潔カラー』をだされたことはありますか?

大崎:
細かな部分ではありますが、大きくカラーを打ち出しているとは思っていません。現状をキープしながらもプラスオンで何かやれることがあったらやろうとは思っています。

130328_02.jpg 山口:
ずばり、二代目の社長として大事な事とは何でしょう。

大崎:
マインドの問題よりも、お金の管理だと思います。同じように会社を継いで、上手くいかなくなった例も知っていますが、その多くは、会社のお金をプライベートなものに流用したりしているうちに信用が無くなっていったのが原因でした。

父からも、お金の使い方に関してはずいぶん学びましたね。

山口:
例えば、会社の経営で悩んだ時に、お父様だったらどうするだろうと考えることはありますか。

大崎:
父は会長ですから、本当に悩んだら聴ける状況にはありますし、父の遣り方は見てきていますから、全く考えないかと言うと嘘になりますが、先ずは自分で考えて決断をしています。

というのも、父が現役の社長だった頃とは時代が大きく変わっていますから、同じことをやっても上手くいかないですし、会社を立ち上げた人物とそれを引き継いだ私では、聴く側の受け止め方も違う。

ただし、後からふと振り返った時に『オヤジとそっくりだったかな』と思うことはありますよ(笑)

山口:
そんな大崎潔社長をご覧になって、副会長であるお母様はどんな風に思っていらっしゃるのでしょうね

大崎:
『マダマダだ』と思っているでしょうねぇ。今でも、細かな所で怒られています。

自分の予測では、代替わりをしたらもの凄く喜んでくれて、『息子が継いでくれた』などと自慢をするのかと思っていたのですが違いましたねぇ(笑)

そろそろ私からも山口さんにお話をお伺いしたいのですが、それは場所を変えて食事でもしながらにしましょう。

次号(ヨモヤマ話)に続く


山口雅史(やまぐちまさし)氏プロフィール
1976 年東京都生まれ。宮尾すすむ・山口明美夫妻の長男として生まれる。日本大学芸術学部在学中に、3本の自主映画を制作した後、『WCW マンデーナイトロ』でデビュー。プロレス、ゴルフの実況をはじめテレビ番組の司会、レポーター、ドラマなど幅広い分野で活躍。現在はテレビ朝日「ワイド!スクランブル」レポーター、『新日本プロレス中継』実況『東建ホームメイトカップ』実況『週刊ゴング』にてコラムを連載など。
過去の主な出演作品には、NHK「赤ちゃんを探せ!」、日本テレビ「踊る!さんま御殿」、TBS「炎の体育会TV」、テレビ朝日「周作がゆく!」水野役、テレビ東京「テレビチャンピオン2」など多数出演。
http://www.nm-office.com/index.html

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